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15年ぶりのアメリカ訪問で出会った人々
名古屋大学大学院法学研究科教授 小野耕二
強すぎるアメリカに思い複雑 北國新聞社論説委員
岡田直樹 NHK名古屋放送局記者 潮田敦
名古屋アメリカン・センター館長あいさつ ジェフリー・ジェイムソン
名古屋アメリカンセンターのハイライト: アメリカンショートフィルム映画祭
Voice of America - ボイス・オブ・アメリカ 名古屋アメリカン・センター副館長 服部正夫
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Koji Ono, Professor of Law, Nagoya University Graduate School of Legal Research |
私は、昨年1月末から7月末までの6ケ月間、ノースカロライナ州ダーラムにあるデューク大学に客員研究員として滞在する機会を持った。前回のアメリカ訪問は、インターナショナル・ヴィジターズ・プログラム(IVP)による「1984年大統領選挙調査」であり、それからもう15年が過ぎようとしている。その際には、30日間で10都市訪問というあわただしいスケジュールであったが、今回は半年とはいえ、高校1年生になる息子と二人でアパートを借り、ゆったりとした滞在であった。受け入れ先のデューク大学の人々も、キッチェルト教授を初めとして皆大変に親切で、私は快適な研究生活を過ごすことができた。私にとっては、さまざまなことを体験した有意義な滞在であったと思う。
ダーラムは、州都ローリーに近い人口約18万人の小都市で、比較的治安も良く、生活リズムがゆったりとした暮らしやすい街であったと思う。それでもさすが(?)アメリカだけあって、いろいろな事件も体験した。私の住んだアパートは、木造2階から3階建ての棟が10ほど立ち並ぶ、中レベルのものであったと思うが、そこの駐車場では拳銃強盗事件が何度か起こっていた。地元紙に報道されただけでも6ケ月間に3回あったので、各戸には「注意するように」との文書が配布されたが、実際のところはどうしようもないと感じていた。また、コロラド州で起きた、高校生による銃乱射事件の後には、「便乗犯」というのであろうか、各地の高校に「爆弾予告」などが寄せられており、私の息子の通う高校にもそれが届いていたようである。それでも高校側はきちんとした対応をとり、息子も余り不安がることなく毎日登校していた。これらだけを取り上げると、「なんと物騒な」と思われるかもしれないが、当事者にとってみれば、それらの事件も「あり得ること」とした上で通常の日々が淡々と過ぎていった気がする。その中で、私たち親子にとって大きな意味を持ったと思われる一つの事件を紹介してみたい。
帰国前の7月上旬、「アメリカ滞在の記念になる旅行を」と考え、私たちは西部の著名な国立公園のいくつかを訪問する計画を立てた。ユタ州のソルトレイクシティに入り、まず北部のイェローストーン国立公園に滞在した後に、その事件は起きたのである。ソルトレイクシティに戻る途中で、私たちは「せっかくだからグレートソルトレイクを一周してみよう」と考え、高速道路を降りて州道30号線に入った。ランド・マクナリーの大きな道路地図も持参しており、道に迷う不安は全くなかった。ただし高速を降りた段階でガソリンがだいぶ減っていたため、次のスタンドでガソリンを補給しようと考えていた。ところが大変な田舎道で、行けども行けどもガソリンスタンドが見あたらない!ようやくたどり着いた比較的大きな町パークヴァレィの唯一のガソリンスタンドは、なんと日曜日ということで休業していたのである。これが不運の発端であった。次の町ロセットにはスタンドすらなく、ここで私たちは一つの選択をした。州道にはこの先90マイルほど町がないようなので、舗装すらない脇道にそれて一番近い集落を目指したのである。これが全くの誤りであったことに気づいた時には、ガソリンは大きく減少し、「燃料切れ」を示す赤い警告ランプが時折点滅し始めていた。ほとんど不毛の地を走る砂利道には人家は全く見あたらず、この先一体いくら走ればガソリンスタンドが見つかるか、予想することも難しかった。そんな中でたどり着いたリンLynnという集落は、地図にちゃんと書いてあるものの、人家が5・6軒しかなく、もちろんスタンドがあるはずもない。そんなとき、道路に面した一軒の家の庭先で、奥さんが洗濯物を干していた。思い切って声をかけると、休日と言うことでご主人がでてきてくれた。ガソリンスタンドの場所を聞くと、「パークヴァレィが駄目であれば、地図に載っていない砂利道をこの先30マイル近く行かなければならない」との答えが返ってきた。30マイルということになると、残りのガソリンではちょっと厳しい状況である。「買い置きのガソリンがあれば分けてもらえないだろうか」とお願いすると、手持ちの僅か5ガロンのガソリンの中から2ガロンを分けてくれた。「地獄に仏」とはこのことで、感謝の意を込めて10ドル札を差し出すと、彼は両手を後ろに回してしまい、決して受け取ろうとはしなかった。他にお礼のしようもなく、「何とか受け取ってもらえないか」と再度頼み込むと、彼の返事は次のようなものであった。
「困ったときには助け合うのが当然で、私にはこのお金を受け取ることはできない。あなたも分かってくれると思う。もしいつかどこかで、あなたが困った人に出会ったら、その人を私と思って助けてあげてください。」
"You can understand."というフレーズは、私にはとても新鮮に感じられた。それ以上無理強いもできず、申し訳ないことに名前も聞かずに私たちは出発してしまった。そこからの30マイルの山道で、すれ違った車はわずかに一台。ようやく町中に降りてきて、オークリーのガソリンスタンドにたどり着いた時には、レンタカーのシボレーは砂埃にまみれていた。本当に「九死に一生を得た」という実感であった。息子などは感激の余り、「あの人は実は神様だったのでは」とつぶやいていた。大都市から遠く隔たった奥地に農業を営む彼らの一家は、決して豊かには見えなかったが、きっと敬虔なクリスチャンなのだと思う。今回のアメリカ滞在で出会った、もっとも印象深い人たちであった。
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Naoki Okada, Hokkoku Shimbun, Kanazawa Atsushi Ushioda, NHK-TV, Nagoya Bureau |
5月中旬から約3週間、ワシントンを振り出しにアメリカ各地を訪問し、安全保障問題を中心に知見を広めるチャンスを与えられた。ユーゴ空爆の緊張感の中で国防総省、国務省や大学、研究機関を訪ね、日米ガイドライン、北朝鮮問題、さらには日米中の「大三角関係」などについて、飽くことなく専門家の意見を聞いてきた。
以前から感じることだが、アメリカの政府関係者は日本の官僚と比べても報道に対するガードが固い。ペンタゴンではオフレコと断りながら、それでも「仮定の問題にはお答えできない」という決まり文句に何度もぶつかった。
それは彼らの脳裏に「日本のマスコミは日米同盟に批判的」という思いが刻みこまれているせいでもあろう。議論を交わすうちに、日本の安全保障やアジア・太平洋の安定にとって日米同盟は不可欠な柱と考える筆者らの認識が伝わったらしく、次第に打ち解けて実のある話を聞けたのはうれしかった。
コロンビア大学のイマーマン教授やフーバー研究所のマイヤーズ博士ら碩学からも懇篤な教示を頂いた。マイヤーズ博士の「日本政府はもっと北京に物を言うべき」という言葉には、わが意を得たりと思ったものだ。
北朝鮮政策では「暴れ馬を棍棒でなぐるより、ニンジンを食べさせるほうが安全」という空気の広がりを感じた。そうした専門家の意見がペリー報告書など現実の外交政策にどんどん反映されていくプロセスは日本と異なるところだ。
インタビューの傍ら、好況に沸くアメリカ社会を興味深く観察した。各地でスーパーリムジンの群れに目を見張ると同時にホームレスも多数見かけたが、空前の景気は底辺の人達の気持ちまで何となく明るくしているようだ。ニューヨーク5番街では路上のトランペット吹きから「日本の景気は大丈夫か」と同情され、いささか複雑な思いにとらわれることもあった。
滞在中にコソボ問題が解決し、政治・外交面でも日本とは格の違うアメリカの力を見せつけられた旅であった。おわりに得難いチャンスを与えていただいたプログラム関係者に厚くお礼を申し上げたい。
訪問地はワシントン、ニューヨーク、アーカンソー州ブライビル、サンフランシスコ、サンディエーゴ、ホノルル
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Jeffrey Jamison, Director |
1999年10月1日、名古屋アメリカン・センターの本庁である米国広報文化交流庁(United States Information Agency)は閉庁され、職務は米国務省に移行されました。この国務省との統合にあたり、日米相互理解促進のために中部地方の皆様に対して私たちが提供する広報交流活動をより充実・拡大したいと思っております。
アメリカとアメリカ人をよりよく理解していただくために、アメリカン・センターは、アメリカとその政治、経済、社会、文化についての多様な見解・意見を従来どおり紹介してまいります。また、米国の政策と政策上の関心について信頼性のある説明も継続して行います。最も重要なのは、今までどおり、皆様からのアメリカに関する質問にお答えし、「アメリカとは何か」についての皆様の知識を作り上げるお手伝いをするということです。
今年は、私たちが新しい官僚組織上の「ホーム」として国務省に引越しした記念すべき年ですが、実際のホームである名古屋国際センタービルに移転して15周年でもあり、誇りに思っています。アメリカン・センターは、名古屋と外部との絆を深めるために設けられたこのすばらしい施設内に存在することにより、恩恵を受けてまいりました。また、名古屋国際センターからは、東海北陸経済セミナー等アメリカン・センターの主要行事に対してご支援・協力をいただいており、今後ともますます協力を深めていくことを楽しみにしております。最近名古屋国際センタービルにいらっしゃっていないのでしたら、ぜひお越しいただきたく、ご案内いたします。
今回の『International ReVisitor』は過去3回のものとは若干異なっています。海外の人々によりよくアメリカを理解していただく米政府の活動の中で、知名度は低いけれども場合によっては興味深いものをいくつか特集しているからです。以前紹介したような経済講演会ではなく、アメリカ短編映画上映会を紹介しています。また、『ヴォイス・オブ・アメリカ』と放送番組についての情報提供記事、最近のインターナショナル・ヴィジター・プログラムを写真を多用して紹介した記事も掲載しています。このような記事をとおして現在のアメリカを顕著に表す社会動向のいくつかを皆様にお伝えすることができればと思っています。
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June 8 and 9, Aichi Arts Center |
6月8―9日、名古屋アメリカン・センターは、(東京)と愛知県文化情報センターとの協力により、映画祭参加監督2名を迎えて、ユニークなアメリカ短編映画の上映・講演会を開催しました。新人監督の作品とジョージ・ルーカス監督の学生時代の作品上映に加え、クリス・タシマ監督(「ビザと美徳」)とリック・ウィルキンソン監督(「列車が来るまでの短い待ち時間」)が名古屋を訪れ、愛知芸術文化センターで行われた上映会に両日参加し、自作と映画監督としての自らの経験について講演しました。
お客様の反応とマスコミ報道から判断すると、この企画は当地方におけるアメリカ文化と社会についての認識に深い影響を与えたように思われます。私たちの企画目的は、当初、上映と監督による解説を通じて、短編映画というあまり知られていないけれど効果的な芸術形態に対する認識を深めていただくというものでした。しかし、ほぼ500名の方が会場にいらっしゃり、2つの映画と監督のメッセージから多くを得られたのです。
第二次世界大戦に参戦した黒人兵についての作品「列車が来るまでの短い待ち時間」は、日本ではほとんど知られていないアメリカの歴史の中で見過ごされてきた部分に光を当てました。アジア系アメリカ人のタシマ監督とアフリカ系アメリカ人のウィルキンソン監督は、アメリカの少数民族は「自分たちの物語を伝える」ために努力しており、ハリウッドという主流映画産業では制限されてしまう機会をつかもうとしていると話しました。そして、二人の作品は、アメリカの人種・民族問題に関する感動的な証を提示したのです。
「ビザと美徳」は、第二次世界大戦勃発時にポーランドから脱出する何千人ものユダヤ人を救った駐リトアニア領事、岐阜出身の杉原千畝についての物語でした。タシマ監督は、名古屋と杉原氏の故郷である岐阜県八百津の杉原記念公園を訪問し、NHK名古屋のインタビューを受け、アジア人とアジア系アメリカ人のより全体的で肯定的なイメージを創ることの重要性と、杉原氏の物語に命を与えることにおける彼自身のアジア系アメリカ人としての誇りについて話しました。
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Masao Hattori, Deputy Director |
今から58年前の1942年に放送を始めてから今日まで世界中に人々に米国についての最新で、正確で、客観的なニュースや特集番組、音楽を提供してきました。私もこの放送の聴取者の一人で、過去30年間短波の受信機で毎週土曜日と日曜日に我が家で英語の勉強と最新の米国情報を知るためにこれまで熱心に聞いてきました。
多分、アメリカン・センターの利用者の多くの方でも、このボイス・オブ・アメリカについて初めて聞かれた方も多いかと思いますので、VOAについてこの機関紙を通して少し紹介したいと思います。放送の開始年は1942年で、1960年にVOA憲章が起草され、その後フォード大統領により1976年7月12日に立法化されました。この憲章の要旨は、ラジオで世界中の人々に直接に情報を伝えることにより米国の長期的な国益が促進され、この目的達成のためにVOAは絶えず正確で、信頼される権威あるニュースや、米国社会の一側面のみでなく、米国人の思想や制度を様々の番組を通して聴取者に提供し、米国の内政や外交政策についての活発で責任あるディスカッションを促進するのを使命としています。
現在英語の放送以外に53の言語でも毎日放送されています。毎週の平均聴取者は8,600万人と推定されております。毎週多様な番組が放送されますが、経済、農業、医学、スポーツ、アメリカ史、文化、音楽と実に多彩で、非英語圏の聴取者に評判のいい番組はSpecial English即ち容易で理解しやすい英語で、「今世紀の生んだ偉大なアメリカ人」、「英単語とその物語」、「アメリカ国家の誕生」などの番組が放送されます。私の好きな番組はこの Special English番組でAmerican Idiomsの語源やアメリカの都市や政治の流れについての貴重な情報源となっています。また毎週日曜日の午前7時35分から放送される「Press Conference, U.S.A」も是非お薦めしたい番組です。毎週ゲスト・スピーカーが招かれ米国の内政外交問題のみならず社会問題等幅広い米国内の最新の動向について興味ある話題が取り上げられ、二人のVOAインタービューアーとの巧みな質疑応答で米国の著名な政治家、学者、現政権の首脳陣などの生の意見を聞くことができます。(この番組の周波数は17820で、放送日は変更になることがあります。)
首都ワシントンにあるVOAは祭日を除いて、毎週月曜日から金曜日まで毎日3回、午前10時半、午後1時半、2時半、スタジオをガイドつきで見学できます。連絡先:VOA Office of External Affairs (電話:202−619−3319)です。
VOAの詳細についてはアメリカン・センターまたはインターネットでお調べください。