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第230回米国合衆国独立記念日・祝賀レセプション
日時: 2006年7月4日 午後6時30分より
場所: ヒルトン名古屋
ダニエル・ロッチマン首席領事挨拶

今晩は。皆さま、本日はお忙しいなか、ようこそ私どもの独立記念日の祝賀会に いらっしゃいました。愛知日米協会の会長である、ブラザー工業の安井会長はじめ、多くのご来賓の皆さまにお越し頂き、大変感謝しております。

今日はアメリカ合衆国の230回目の独立記念日です。そこで、独立記念日について少しお話をしたいと思います。まず面白いことは、この独立記念日の日は1775年のイギリスとの独立戦争の開始日やその戦争の終結した1783年のパリ条約の日ではないということです。代わりに、フィラデルフィアで開かれた大陸会議が独立宣言を採択したときを、アメリカ合衆国の誕生日としたのです。これは、我々の国が基本的に、言葉と思想の上に、人の手によって作られた国であることを反映するものです。

アメリカ合衆国の地理は、国が独立してから大きく変化し、国民の構成も変わりました。ヨーロッパの北西部からの入植者が主な住民であった大西洋側の13の州から、合衆国の国土は北米大陸の東部から西部に伸び、皆さんよくご存知のように、これまで世界のいたるところから多くの人々がやってきてアメリカ国民となっています。しかし、このような変化があっても、国家が形成された思想や文言は今も変わっておりません。アメリカの学校の、全ての子供たちも知っている、最も有名な一節は、独立宣言の最初の部分に出てきます。それは次のものです。

我々は自明の理として、すべての人間は平等に造られ、創造主によって、誰も奪うことのできない一定の権利を与えられ、その中には、生命、自由、そして幸福の追求が含まれることを信ずる。

独立宣言が採択された時から、それは祝福すべきものであるということははっきりしていました。独立宣言に署名をしたうちの一人であるジョン・アダムズは、宣言文の草案が承認されたあくる日の1776年の7月3日に、彼の妻に宛てた手紙の中でこう述べています。

アメリカの歴史において、1776年7月2日は、最も画期的な出来事となるだろう。後続の世代によって、大きな記念祭として祝福されるものとなると信じる。全知全能の神への厳粛な 祈りの行為による解放の日として記念されるべきである。華やかに、ショーやゲームやスポーツを楽しみ、鉄砲や鈴、そして、かがり火やイルミネーションによって、アメリカ大陸の端から端まで、将来に渡り永遠に祝福されるべきものである。

皆さん気付かれたかと思いますが、ジョン・アダムズが手紙の中で言った日は、実際の独立記念日とは2日程ずれていますが、それからの230年間の祝賀祭についての、彼の見解は正しいものでした。今日は、パレードもかがり火もありませんが、今晩こうやって皆さまと共にアメリカの独立記念日を祝うことができることを大変幸せに思っています。特に私どもにとって喜ばしいことは、日本が米国にとって偉大な友人であり、パートナーであり同盟国であることです。そして、中部の皆さま方が、私たち米国領事館を暖かく受け入れてくれる素晴らしいホストであることです。

今日は、かがり火は用意していませんが、心ばかりの食事と飲み物をご用意させて頂きました。そして、その多くはアメリカの業者の方たちから寄付をしてもらったものです。かに、サケ、レモン、蜂蜜、ソーセージなど、たくさんありますので、どうか召し上がって下さい。

今晩は誠に残念ながら、アメリカの牛肉をお出しすることはできません。しかし、もうすぐ、アメリカの三億人近い人たちが毎日食べているのと同じ、美味しくて、安全で、値段の安い牛肉をまた日本の皆さんに食べて頂けるようになると思います。

今日、アメリカ合衆国の建国と日米の友情を祝うためのレセプションに、このように多くの皆さまにお越し頂きましたことに対し、いま一度心よりお礼を申し上げたいと存じます。どうもありがとうございました。